水谷豊

監督水谷豊

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監督3作目のモチーフに、クラシック音楽を選んだ理由からお聞かせください。

2018年の秋頃“クラシックはどうだろう?”と、ふと思いついたんですよ。そこにはきっと、面白い人間模様があるのではないかと。そのとき、西本智実さんと知り合いの友人がいたことを思い出して、コンサートを見せていただいたり、クラシック界のこぼれ話などを聞かせてもらいながら、脚本を書き始めました。

プロではなく、地方のアマチュア交響楽団という設定が絶妙です。

アマチュアなので、つまり生活がかかっているわけではない。やめようと思えばやめられるはずだけど、彼らはやめないんですね。そこには何か理由がある。それがきっと音楽の魅力なのだろうと捉えました。

弥生交響楽団を主宰する花村理子は、映画の主人公としては、少し地味な設定ですね。父親から受け継いだ会社の経営も厳しく、認知症を患った母親の介護もある、つらい日々の中、大事にしてきた楽団まで解散に追いこまれます。

今回、人間模様を描こうと考えたとき、いろいろな人と会う度に、どんどん顔を変えていく主人公にしようと思いました。そこから発想して、ある程度人生経験のある女性を主役に据えました。劇中、理子にはさまざまなことが降りかかりますが、彼女は、苦しい顔や悲しい顔を、人に見せないんですよね。そんな主人公だからこそ、ラストカットでは、大変だったことが全て洗い流されて、報われる瞬間をとらえたかった。

理子役を、檀れいさんにキャスティングした決め手は何でしたか。

理子が、明け方の公園で過ごすシーンを書いているときに、檀さんの顔が浮かんできたんです。まだキャストを決める前の脚本段階ですから、自分の中のイメージで、ストーリーを書き進めていたのですが、そのシーンでなぜか檀さんが現れて。引き受けてくれて、よかった(笑)。

理子とともに、弥生交響楽団の存続に尽力する鶴間役の石丸幹二さん、若き楽団員の圭介役の町田啓太さんや、あかり役の森マリアさんについては?

音楽に造詣の深い石丸さんが、音楽が好きだから、理子と一緒にアマチュア交響楽団を立ち上げた鶴間をやってくだされば、役に説得力が出るなと。実はキャスティングが決まってから、石丸さんがサックスを吹けることを知り、演奏シーンをつけ足しました。町田さんは若手俳優の中で、勢いを感じていました。今回はこれまでに経験したことのないキャラクターを、新鮮に演じてくれましたね。森さんの決め手は、幼い頃から習っていたヴァイオリンの腕前と、俳優としてのフレッシュさ。撮影が始まるときには、立派なヴァイオリニストになってくれました。

撮影中は、どのような演出を心がけましたか。

人間描写には、シリアス、コミカルなど、いろんな表現方法がありますが、今回はユーモアを交えて、人間を描きたいと思っていました。楽団員たちは皆、音楽家としての顔を持つ一方で、それぞれの生活もある。一人ひとりの人生が見えてくるように、脚本から想像できるキャラクターの可能性と、実際の役者さんが持っている魅力を、撮影現場ですり合わせていく作業でした。キャストの皆さんには、とにかく楽しくやってもらいたかった。

映画を観ていて、“Life is a tragedy when seen in close-up,but a comedy in long-shot.”というチャップリンの言葉を思い出しました。親子、恋人、異母兄弟など、さまざまな人間関係が紡がれる中で、弥生交響楽団を巡る登場人物たちが、ひとつの、おおきな家族のようにも見えました。

家族というテーマは、どこかで意識していたと思います。藤堂のセリフに「音楽と同じくらい家族を大切にして下さい」とありますが、あれは本心なんですね。楽団が解散しても、音楽を続けてほしいのと同じくらい、家族を大切にしてほしい。失敗した藤堂だから、わかることです。

圭介の「好きな事って本気でやろうと思ったら、何かを犠牲にしなきゃ出来ない」というセリフも印象的でした。

楽器に限らず、全てにあてはまることだと思います。犠牲だと思って、そこで終わっちゃいけない。きっとその先に、すばらしい世界があると信じてほしい。振り返ってみても、諦めかけたとき、必ずどこかに救いがあった。観客にも、それを探してみよう、見つけたいと思ってもらえるような、映画ができたらいいなと思っていました。

タップダンス、轢き逃げ事件、モチーフは変われども、人生のすばらしさを見いだす姿勢に、生きる歓びというテーマへの熱情を感じます。最後に、タイトルに込めた思いを教えてください。

クラシック音楽の映画を作るなら「ボレロ」の演奏シーンを作りたいと、まず思いました。晩年、不幸続きだったラヴェルが、ああいう、人をワクワクさせる曲を作ったことに興味があった。その次に、タイトルが出てきたんですよ! ストーリーよりも先にね(笑)。当たり前すぎて忘れがちだけど、太陽には、我々を前に向かわせてくれる、強烈なエネルギーがある。何かの折にふと、太陽ってありがたいなと思うことがあり、無償の愛を感じます。その気持ちを映画に込めようと。映画を観ると、なぜこのタイトルになったのか、ちゃんとわかるようになってるでしょ?

1952年7月14日、北海道出身。代表作はドラマ「傷だらけの天使」(NTV/74)、「熱中時代」(NTV/78)、「相棒」(EX/00〜)など。映画では『青春の殺人者』(76/キネマ旬報主演男優賞受賞)、『幸福』(81)、『少年H』(13)、『王妃の館』(15)などがある。『TAP‐THE LAST SHOW‐』(17)で初監督に挑み主演を務め、『轢き逃げ 最高の最悪な日』(19)では監督と脚本を務めた。